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片付けられない人間が頑張って片付けようとしているブログですが

以前は「ミニマリストになりたい」というブログ名でした。なんかいいブログ名を考え中です。最近はハンドメイドの記事ばかりなような・・・

弥彦の婆々杉

「々」←こいつ、アイポンだと「おなじ」で変換できました。今まで「久々」って打って久だけ消してましたよ。

それはそうとウォーキング弥彦の続きです。
婆々杉は弥彦競輪の隣の奥まった所にあります。
弥彦には何十回と行っていますが、大人になるまで知りませんでした。(宝光院だということはさっき知りました)

知ってからの散歩コースは
弥彦神社→婆々杉→弥彦公園→やる気があったら湯神神社→弥彦駅弥彦神社の駐車場に戻るという感じです。

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荒海や佐渡に横たふ天乃河
あらうみや さどによこたう あまのがわ

院内に芭蕉碑もあります。
ギャグマンガ日和を読んでいなかったら気に留めなかったと思います。

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ここをくぐってさらに墓地の奥へ。

背が高い方は頭打たんように気を付けてください。


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婆々杉(ばばすぎ)です。でっこいです。てっぺんまで見ようとしていたら首が痛くなりました。


でかいから「ばば」が付くのかと思っていましたが、ググったら全然違いました。


【妙多羅天女と婆々杉伝説】

 今から900年以上前の承暦3年(1079)弥彦神社造営の際、上梗式奉仕の日取りの前後について、鍛匠(鍛冶屋)黒津弥三郎と工匠(大工棟梁)の争いとなった。これに負けた弥三郎の母(一説に祖母)は無念やるかたなく、恨みの念が昂じて鬼となって、形相ものすごく雲に乗って飛び去った。それより後は、佐渡の金北山、蒲原の古津、加賀の白山、越中立山、信州の浅間山と、諸国を自由に飛行して悪行の限りをつくし、「弥彦の鬼婆」と世人に恐れられた。

 それから80年の歳月を経た保元元(1156)、当時弥彦で高僧の評判高かった典海大僧正が弥彦の大杉の根元に横たわる一人の老婆を見つけ、悪行を改め、本来の善心に立ち返るよう説得し、さらに秘密の印璽を授け「妙多羅天女」の称号を与えたところ改心した。その後は神仏、善人、子どもの守護に尽くしたので、村人はこの大杉を「婆々杉」と呼ぶようになった。


(弥彦ホームページより)


他にもこの木に悪人の着物を貼り付けたり、悪人本人を張り付けたりしたという言い伝えもあるそうです。


そんなことは露知らず、自然いいわーつって、めちゃ癒されてました。他に誰もいなかったので、連れが写真撮ってる間はラジオ体操してました。


弥彦に行ったら弥彦神社→お土産屋さん通り→弥彦公園が普通だと思いますが、是非とも反対方向の婆々杉も見に行ってみてほしいです。